![]() |
| わらじからの出発 |
| 推薦の言葉 元花園大学学長 大森曹玄老師 この本の著者は、花園大学宗教部主事(当時)であるが、彼は自ら題するように、わらじから出発した禅者である。彼の説くところすべて体験と実行に裏づけられている。従って読者は著者とともにわらじばきで禅の道を歩き出すであろうことを期待して推薦する次第である。 |
| 1981年1月15日 初版発行 東方出版 |
![]() |
| 目で見る坐禅入門 |
| 現代はコンピューターやワードプロセッサーの時代である。その仕事に従事する人たちには、時間的に制限がある。それは、人間の頭悩には限界があり、疲れるからである。そんな時には暫く黙想し、坐禅することが最大の回復方であるといわれている。仕事をする人間の心の安定が、先ず大切だからである。 多様化された時代に、多忙なる現代人が坐禅をして、正しい人間性に目覚めて生活することは尊いことである。そういう人たちが増えることは望ましいことであり、また一人でも多く坐禅する人が出てきてもらいたいものである。 (本書、序より) |
| 1994年2月25日 新装版第1刷発行 東方出版 |
![]() |
| 般若心経に学ぶ |
| この度縁あって「般若心経」を語る場を与えられた。それは大阪中之島にあるエコール・ド・ロイヤルの特別講座であった。月に1度ではあったが、1年通った。晴れた日もあれば、雨の日もあった。暑い日もあれば寒い日もあった。それでもいつもたくさんの人たちが聞いてくださった。その熱心な人たちのおかげで話ができた。そしてこの本は上梓されることになった。ひとえに、その人から縁をいただいたまでである。 (本書 あとがきより) |
| 1987年12月 初版発行 東方出版 |
![]() |
| 楽に生きるには |
| 坐禅は「安楽の法門なり」と、禅の規則に示されている。身心ともに調えられて、一切の苦悩から解放され、すべてのことにとらわれる心がないならば、これほど人生楽しいものはない。楽に生きるための根源はわが身にある。静かに自分を見つめるその中に存在しているのだ。 (本書 前書きより) |
| 1994年5月15日 初版発行 かんき出版 |
![]() |
| 禅で観る 禅で知る |
| 坐禅の「坐」という字は、土の上に人が二人対峙していることだといわれる。その二人とは、自分と自分である。大地に坐って自分と自分の対話をし、自分の内側を観つめる、それが坐禅につながるというわけである。 人間には二つの自分がある。真実を目指す自分と、虚妄に遊ぶ自分である。 どちらが本当の自分であるかは、自分がいちばんよく知っているはずである。 (本書 前書きより) |
| 1986年10月 初版発行 かんき出版 |
![]() |
| 禅僧修道院をゆく |
| 読む人にして気分爽快にならない者はいない。 一読を進める。 (臨済宗天竜寺派管長 平田 精耕) 宗教的寛容と異宗教の真の相互理解が、強く求められている今、宝積師の活動の記録から、私たちが学ぶものは決して少なくはないでしょう。 (東京カトリック大司教・枢機卿 白柳 誠一) 師の英知と禅体験がすみずみまで充実してはずんでおり、私たちを現実の世界を通して未知の世界に導いてくれる。 (上智大学名誉教授 安 斎伸) |
| 1996年11月1日 初版発行 中外日報社 |
![]() |
| 禅のこころ |
| 的真塾発行の本ですが、英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語に翻訳されたものが、各国より出版されております。スペイン語版は、メキシコで出版されました。 |
| 1982年発行 |
![]() |
| 中外日報創刊110周年記念出版 逆転の呼吸法 −求道への旅− |
| 人間は無心を大事にする、といえども、人間はやはり考えて生きている。思惟の前進は還元なり、つまり逆転の発想にかえることになる。その至難の道が、「逆転の呼吸法」であり、求道への旅であるということに気がつけば、自ずと、釈尊の「降魔成道」ということが納得できる。 その道のりは、果てしない遙かなところにあるかもしれない。その実証に向かって修行してゆくことが、人生の最大の目標であると自覚できるならば、至難の道も可能となってくる。(本書 前書きより) |
| 2004年11月20日 初版発行 中外日報社 発売: 法蔵館 〒600−8153 京都市下京区正面通烏丸東入 振替口座 01070−3−2743番 TEL 075−343−5656 (営業部) FAX 075−371−0458 (営業部) |
